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執筆者の写真橋元雄二

「是か非かの判断に自分を基準にする愚かしさ」

更新日:2021年6月23日




そもそも、人びとがこの世にいる様子は、ちょうど、草木の長さが不揃いなのに似ている。それぞれ一方的な見方に執着して、よいとかよくないとか、どこでも議論し合っている。自分の見方に似ていればば、よくなくても正しいとし、自分の見方とちがえば、よくてもちがうとする。ただ自分のよいとする点を正しいとし、それを他の人がよくないとするのにどうして気づかないのか。よいとかよくないとかの判断は、はじめから自分自身に置いているが、それは真理の道は元々そのようなものではない。たとえるなら、自分の持つ短かい竿で深い海の底を測るようなもので、ただその場の逃れの愚かな行ないだ

と思う。「草堂集』88より。この言葉を聞いて気づいた人がいると思う。まさに新型コロナ化に推し進めるオリンピック・パラリンピックのIOC・JOC・政府が分科会の尾身会長の提言を真剣に検討してるように見えないのは私だけであろうか?もうあと1ケ月になったオリ・パラは吉と出るか凶と出るか?願わくば吉となって成功の大会であってほしいと願っている。


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