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月の兎

  • 執筆者の写真: 橋元雄二
    橋元雄二
  • 2019年11月17日
  • 読了時間: 2分

更新日:2019年11月18日

良寛は、「今昔物語」や仏教経典にある月の兎の話が大好きで、子供たちに昔話をせがまれると、良くこの話をしたそうだ。この物語はこうであつた。昔々の大昔に会ったということだが,猿と兎と狐の三匹が、それは仲良しで、いつもいっしょに遊んでいた。すると天の神様が、本当に三匹は仲良しなのかどうかたしかめてみようと思われて、みすぼらしいお爺さんに化けて、よたよた歩きながら、三匹のところへ行つて、こういわれたのだ。「お前さんたちは、種族がちがうのに、同じ心で仲良く遊んでいる感心なものだと聞いている。ところで、私はいま飢えて死にかけている。どうかいっしょに助けてくれないか」と。そこで猿はすぐに木に登って、木の実をたくさん取ってきた。狐は利口なものだから、川へ行って魚をうまく捕まえて、お爺さんに差しあげた。しかし兎は、野山をあっちこっち飛び歩いたがなんにも持って来られなかったので、神様は兎を責めて、「お前さんは無情なものだ。私に何もくださらないのか」といわれた。兎は少し考えていたが、猿と狐をだましていった。「猿さん、どうか木の枝をたくさん集めてきてください。狐さん、どうかその木に火をつけてください」と。猿も狐も仲のいい兎の言う事だから、疑わずにいわれたとおりにした。すると兎は、いきなり自分の身体を火の中に投げいれて、そうしてお爺さんに差し上げたのだ。神様のお爺さんは、それを見て、かわいそうでたまらなくなり、身を地上に投げ出し、ころがって泣かれた。そして、しばらくしておっしゃった。「お前たち三匹の友達は、いずれが劣るということはないが、私は兎が可哀想でならない」と。そしてお爺さんは神様の姿に戻られて、兎の亡骸を抱いて大空をかきわけ、月の宮殿にもって行って葬られた。その話が伝わって、今でも「月の兎」という物語として残っている。良寛にとってこのけなげな兎は、自分のことのように思われた。心ばかりあって、なにもできないものは、自分の身体を捧げ捨てるより仕方がない。だからこの話を子供達に話しているとき良寛は兎のことを思って子供達の前でもはばからず涙して語っていたそうだ。良寛はこども達に、「人に対する思いやりや心遣いの気持を忘れてはいけないよ」と

この昔話「月の兎」に例えて教えていたのだとも思う。





 
 
 

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