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執筆者の写真橋元雄二

『什(じゅう)の掟』

更新日:3月5日




一、年長者(としうえのひと)の言ふことに背いてはなりませぬ 年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ 一、嘘言(うそ)を言ふことはなりませぬ 一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ 一、弱い者をいじめてはなりませぬ 一、戸外で物を食べてはなりませぬ 一、戸外で婦人(おんな)と言葉を交へてはなりませぬ ならぬことはならぬものです

※什により、一つ二つ違うところもありましたが(「戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ』すべての什にあったわけではないようです)、終わりの『ならぬことはならぬものです」は、どの什も共通でした。

そして、「お話」に背いた者がいれば、什長はその者を部屋の真ん中に呼び出し、事実の有無を「審問」しました。事実に間違いがなければ、年長者の間でどのような制裁を加えるかを相談し、子供らしい次のような制裁を加えました。

一、無念(むねん) 一番軽い処罰です。みんなに向かって「無念でありました。」と言って、お辞儀をしてお詫びをします。「無念」ということは、「私は会津武士の子供としてあるまじきことをし、名誉を汚したことは申し訳がない、まことに残念であります。」という意味でした。

二、竹篦(しっぺい)いわゆる「シッペ」です。制裁の重さに応じて、手のひらに加えるか又は手の甲に加えるか、何回加えるかを決めました。 仲がいい相手だからと力を抜くものがいれば、什長は厳しく目を光らせ、すぐにやり直しを命じました。

三、絶交(ぜっこう) 一番重い処罰です。これを「派切る(はぎる)」と言い、いわゆる「仲間はずれ」でした。めったに加えられる罰ではありませんでしたが、一度「絶交」を言い渡された場合には、その父か兄が付き添い「お話」の集まりに来て、什長に深くお詫びをし、什の仲間から許されなければ、再び什の一員に入ることができませんでした。

四、その他火鉢に手をかざす「手あぶり」や雪の中に突き倒して雪をかける「雪埋め」というような制裁もありました。

子供にとって仲間たちから受ける審問は辛いものではありますが、「お話」も「制裁」もすべて子供達で決めたものです。子供たちが制約や強制を受けずに自分達で約束事を決め、「会津藩士はこうあるべきだ。」ということを互いに約束し、励み合ったのです。最近、残念な行為は「卑怯な振舞をしてはなりませぬ」に当てはまるであろう迷惑行為や いじめ問題、クラスでの殺傷事件、

子供達に手本を見せなければならない大人がセクハラ問題やカスハラ問題を起こす本当に残念なことである。時代は変わってもこの  「什の掟」この教えは今の時代にこそ通じるものがたくさんあるように思えてならない。現代社会は自分の事しか考えられないのだろうか?最近では最近ではメデイアで有名になつた某市長さんの99のセクハラ認定行為会見で大の大人がテレビの中で泣くなら最初から不適切行為しない事です。子供達も貴方を見ています、弁解は見苦しい事で恥でしかありません。  (ならぬことはならぬものです) 


『この掟は会津藩の子供達への道徳心を子供の頃から子供達自身が決めた事』

無人販売所での窃盗・賽銭泥棒・オレオレ詐欺・貴金属強盗・ワハラ・モロハラ・性被害など人としてやってはいけない事 会津藩の什(じゅう)の掟の道徳心を持って生きてほしい。会津藩の10歳位の子供ですら道徳心を身に付けていたのに倫理・道徳心をもてない大人が今の世の中にいるのはとても恥ずかしい事である。





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