この話は、良寛がずっと年を取ってからの話である。ある日、良寛は、三島郡竹の森の
星彦左衛門の家を訪ねた。夕食の後、良寛と彦右衛門は一緒に隣の家へ風呂をもらいに
行った。そして風呂から帰ってくると、良寛は上り口にあった杖を取って、すぐに帰っ
て行こうとした。それを見た彦右衛門の子供が、「良寛様、それはうちの杖だ」と呼び
止めると、良寛は「いやわしの杖だよ」と言ってそのまま出て行った。しかし、しばら
くすると良寛は、「杖を取り違えた」と、戻って来て、またすぐに帰ろうとした。家の
者は、良寛様、もう夜も遅いのでお泊り下さい」としきりに止め、「今夜こそは、なに
か書いて下さい」と頼んだ。しかし、あいにく紙の用意がなかったので、彦右衛門は、
庄屋まで紙を借りに行った。彦右衛門が出かけて行った後、良寛があたりを見回すと、
囲炉裏の上に古ぼけた香典帳があった。良寛はそれを取り,「老いが身のあわれを誰に
語らまし 杖を忘れて帰る夕ぐれ」と一句をしたため、早々に帰って行ってしまった。
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