『私が何故オリーブ園を作る事になったのか』
- 橋元雄二

- 2024年11月28日
- 読了時間: 7分
更新日:19 時間前

私がオリーブ園を作ろうと思ったのは地元の農業大学校に通って付加価値の高いもので,病気に強く,鳥害のなく、障がい者の子供たちでも育てやすい果樹で何が良いのか試案していた時に思い立ったのがオリーブ栽培でした,たまたまイタリアにあるオリーブ園を紹介してもらい、そこからオリーブの苗木を直輸入することにした。ただオリーブの苗木代や「オリーブ栽培が障がい者支援に向く事を分かって戴く為の講演会の資金が足りないことをどうするか?私は、当NPO法人より「オリーブ栽培での障がい者支自立活動」の助成をダメ元で日本財団様に申請をお願いしてみた。当時、申請時は東日本大震災の大惨事が起きたばかりで、日本財団様も大変な状況だったと思います。東日本大震災で流された船の補修費や中古船の調達などの手配で大変な時期でもあったので、私のNPO法人の申請したものが助成の対象になるのか?すごく心配でしたが、日本財団様の担当者様からはなぜオリーブ栽培で障がい者支援になるのかを会社勤めの方ならお分かりだと思うが報告書や企画書で申請書を書き上げたことを思い出す(この資料作りは前職の会社での仕事柄身に付いていたので助かった)いつ(When):いつ開催するのか · どこで(Where):どこで開催するのか · 誰が(Who):誰がターゲットなのか:申請書を書き上げてからも、 さらに細かい説明が欲しいと言われたので電話でのやり取りなので日本財団様の担当者様と一項目づつ疑問点を解消していった。当時は自分の仕事と日本財団さんの資料作りや講演会での発表資料を電話で何度も聞かれパソコンにしがみついた状態で資料作りの手直しで深夜まで何日も続き、もの凄く忙しい日々だったことを覚えている。なんとか申請にまで持っていける内容が出来て提出してみた。日本財団様の担当者様より『オリーブ栽培での障がい者自立支援のオリーブの苗木と講演会費用を含めた活動を助成金の対象として認められました。』オリーブ栽培での障がい者自立支援活動は『今までにない申請内容で将来性のある障がい者支援ですので頑張ってくだい。』日本財団様の担当者さんから言われた言葉は大変うれしかった記憶がある。それからは「オリーブ栽培での障がい者支援活動」の講演会を全国各地の興味のある団体や障害者施設さんを対象に講演会に少ない所で20名ほどから多い所で500名~と講演会場に「オリーブ栽培での障がい者自立支援活動」のお話を聞きに来てくださり、ありがとうございましたました。

当時は資料作りなどや当NPO法人の障がい施設の仕事や講演会の資料作りで、寝不足と疲れでフラフラの状態の時に、日本財団様より、当法人の『オリーブ栽培での障がい者自立支援活動』の特集記事が再び日本財団様から発行され、某県にある障がい者施設様に特集記事が目に止まり、福祉施設の担当者様がわざわざ当法人まで見学にこられ、障がい者施設様では、シーツなどの洗濯用の事業を請け負いドラムの音が苦手な障がい者の子供達もいるので子供達の為に野外での作業も出来るようにオリーブ園を作って支援をお願い出きませんか?」と話を頂いたのがきっかけでした。それからオリーブ栽培の土壌造りから本格的に取り組み、イタリアより直接取り寄せてもらったオリーブ品種も寒さに強い品種を選択した最初は高さ 80cm程のオリーブの苗木を60本ほどを植栽した時にーブの苗木に施設の子供達が水やりする時に『大きく育ってね!』と声をかけながら大事そうに子供たちが水やりする姿を見た時には、オリーブ園を苦労して作って本当に良かったと涙が出るくらい嬉しかった事を今でも思い出します。私にも重度の障害をもった女の子がいます、皆さんに御世話になる事もきっとこれからあると思い、オリーブ園造りのお手伝いをさせてもらいました。ただ、今までの資料作りやオリーブ園の準備などでの過労で無理がたたり今までの積み重なった疲労で私の体が悲鳴をあげ倒れてしまい。入院騒ぎとなり絶対安静と主治医から言われたが、実はもう一ケ所だけ講演する会場をすでに押さえていたので困ってしまい、主治医の先生に3日程『自宅で必ず安静にしてますからと帰してほしいと』了解を貰い病院を抜け出し自宅に寄らずにそのまま、長男に同行してもらい地元空港から会場のある空港まで飛行機に乗り出かけてなんとか最後に一つ残っていた「オリーブ栽培での障がい者自立支援」の講演会を無事に終わらせる事が出きその講演会終了後に会場からすぐにとんぼ返りで飛行機に飛び乗り病院のベッドに医師の先生に分からずにそっと戻ることが出来ました。皆さんは絶体に無理だけはなさらないで下さいね。講演会やオリーブ園作りに協力してくださった多くの皆様には心よりお礼申し上げます。この病院騒ぎで家族などに迷惑をかけてしまいましたが、出来上がったオリーブ園の木は、順調に成長し、あれから、15年ほどが過ぎ、今では600本にまでオリーブの木も大きくなり、すっかり立派で大きなオリーブ園になったそうです。オリーブの油を搾油できるまで大きくなり搾油機も障害者施設で購入され6次化された美味しいオリーブ油を搾油出来るまでになり、販売ができるまでになりました、オリーブ園が施設に入所されている障がい者さん達の生きがいの場所にオリーブ園もなってくれることを願っております。これからもオリーブの木を大事に育ててくださいね。オリーブの木は長寿の木ですのでこれからも長く皆様に恩恵を与えてくれる木になってくれる事でしょう。最後に『オリーブ栽培での障がい者の自立支援』の活動が日本財団様の特別誌で取り上げられたことで各地で『オリーブ栽培での自立支援』の講演や質問形式でお話させていただく機会もいただきありがとうございました。この障がい者施設に植えたオーブ園の見学会を皆さんに向けて開催しようと思ったのですが残念なことに、この頃、コロナが日本中に流行り始め、呼吸器系の内科医師に相談したところ今は鉄道、飛行機などの移動は絶対しない方が良いと咎められ残念ながら皆さんに出来たばかりのオリーブ園の見学会は出来ませんでした。現在は、当時に植えたオリーブの幼木も今では成木となりました。オリーブは日照時間が長ければ長いほど育ちが良いです。オリーブの実は鳥害の心配もなく非常に育てやすい事やオリーブの木は長寿の木でもあり500年以上も生き続けるオリーブの木もあり、今後も発達障がい者の皆さんや様々な障がいのお子さんに、長く、恵みを与え続けてくれる宝の木になると信じております。植栽後は、私の入院騒ぎなどでオリーブ園の開園に間に合うか心配でしたが,なんとかお手伝い頂いた皆さんの協力のおかげでオリーブ園の開演に間に合う事が出来ました、厚くお礼申し上げます。オリーブ園が何百年経っても障がい者の皆さんの生きがいの作業の場になってくれればそれだけでうれしい事です。私がここまで頑張ってこれたのは私にも障がいのある娘がおり、いつか皆さんに世の中でお世話になることもあるだろうと思い、そのためにも最後まで、このオリーブ園を何としてでも作り上げるんだという気力だけが最後まで私を突き動かす力になったんだと思う。このオリーブ園造りにご協力いただいた団体様・事業者様本当にありがとうございました。オリーブ園は施設様のご好意でオリーブ園を2024年11月中の一ケ月の期間中のみ見学会をさせていただきました。営利目的での会社様・団体様で障がい者雇用でのオリーブ栽培以外の方はご遠慮させて頂いております。障がい者支援での雇用に反映させるオリーブ園の立ち上げが障がい者の作業としてオリーブ油を瓶詰め・ラベル張りまで行い、付加価値の高い品質の良いオリーブ油を出荷出来るまでになりました。申し訳ございませんがあえてどこの障がい者福祉施設様なのかは伏せておきます。その都度見学者の方が行かれますと施設の方も障がい者のたくさんの子供達を見守っておられ席を外すと人手も足りなくなりますのでご理解くださいませ。私も2024年にこの施設にようやく成長の具合を見に出掛ける事ができ、当初植えた幼木のオリーブの木の本数は60本で高さは約80㎝程でしたが2024年にはオリーブの木も600本まで増えました、オリーブの木も見上げるまでの成木になった事で,時の早さを感じた。見学の帰りに採れたてのオリーブオイルを買って来ました早摘みのオイルで少し干し草の香りのするとても美味しいバージンオイルでした。障がいのある子供達が丹精込めた作ったオリーブ作業に誇りを持って大事に育てくれて毎年たくさんオリーブオイルが搾油出来る事を願っております。






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