秋晴れのある日、出雲崎(良寛の生地)へ托鉢に出た良寛さんは、関川萬助の家にやってきた。
萬助は和歌を好み、良寛さんとは特に親しかったのでよく良寛の得がたい書をほしいと言う人か
ら萬助に頼む人が多かった。 良寛さんが立ち寄ったとき、萬助は屋敷の隅にある柿の木に登
って柿をもいでいた。良寛さんは、黙って木の下から萬助を見上げた。萬助がひょいと下を見る
と、良寛さんがにたにた笑いながら、自分を眺めていた。「おや、良寛さま・・・・・・。」萬助は急
いで木から降りた。「お久しぶりでございました。さあお上がりくだされ。」と、萬助は良寛さ
んを座敷へ案内した。 久しぶりの訪問なので、二人は熱い番茶を飲みながら、四方山話に花を
咲かせ、良寛さんが言い出した「萬助どの、今日は一石どうじゃ。」「そりゃけっこうでござり
ます。お相手いたしましょう。」 萬助も好きなので、さっそく囲碁の碁盤を持ち出した。ところ
が胸に一物を秘めた萬助が言った。 「しかし、ただ碁を打ってもつまらないでなあ、今日は良寛
様何か賭けることにいたしませんか?」 「うん、それも良かろう。」「それでは、良寛さまが勝
ったらどういたしましょう?」 「うん、だんだん寒くなるから、綿入れを一枚もらえまいか。」
「よろしゅうござります。ところで、わたしが勝ったら、どういうことにしてくれますかね。」
「うーん、何にもやるものがないのう。」「それなら、あなたさまがお負けになったら、何か書
を書いてくださることにしましょうかね。」 「よし、よし。」無一物の良寛さんは、そう答えざ
るを得なかった。「うまくいったぞ!」心の中で悦にいった萬助は、さっそく硯や白扇を良寛の
そばへ並べた。勝負が始まったら、たちまち良寛さんの負けとなった。もともと囲碁は、萬助の
ほうが良寛さんよりも上手だった。「さあ、お願いいたします。」 萬助は白扇を拡げて、良寛
さんに手渡した。筆をとった良寛さんは、しばらく考えて、にこにこ笑いながら書き出した。
「柿もぎのきんたま(睾丸)寒し秋の風」良寛さんは、さっき柿の木の上で萬助が弛んだ褌(ふ
んどし)の間から覗かせていた“もの”を思い出したのだった。萬助はこの句を見て、年甲斐もな
く、顔を赤らめて苦笑した。二局目が始まり、いつもなら手心を加える萬助も、今日は譲るわけ
にはいかない。良寛さんは一生懸命頑張ったが、やはり萬助の勝ちだった。良寛さんは残念そう
に、強いられるままに同じ句を書いた。「柿もぎのきんたま寒し秋の風」三局目。良寛さんは、
今度こそ負けるものかと一層張り切って対極したが、やはり萬助には敵(かな)わなかった。
「さあ、書いてくだされ!」良寛さんは三たび筆をとり、また同じ句を書いた。 得がたい良寛
さまの書を一度に三つも手にすることができた萬助だったが、三つとも同じものではたまらない。
「良寛さま三枚とも同じ句では、つまりませんなあ!」不平そうに言う萬助の言葉を聞いた良寛
さんは、からかうように答えた「お前さんも同じ碁で三度勝ったじゃないか、だから、わたしも
同じ字を三度書いたまでじゃ。」良寛さんは、からからと笑い、不機嫌だった萬助も、大きな声
で笑った。この句の扇子では人前では恥ずかしく扇ぐこともできないだろうと良寛の悪戯であっ
たのだろう。良寛をよく知る人は良寛さんと碁をする時はほとんどの村人はざと負けてあげてい
たとの逸話があり、良寛は、よく碁をかけて勝っと「 銭がたまってやり場がない」とか「人は銭が
ないのを憂えるが、わしは銭が多すぎるのに苦しむ」などと言っていたようだ。わざと村人達は良寛
が弱い事を知っていたので、賭け碁にわざと負けてあげるのはそれだけ良寛さんは人々や村人から愛
されていた証であろう。
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