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『6月初旬の飯豊連峰単独縦走』
□私が山登りに興味を持ったのは山岳小説が好きだった事や、若い頃に山の楽しさをよく聞かせてくれたSさんのおかげかも知れない今考えるとSさんと一度一緒に山に登りたかった人でもあったが残念ながら夢は叶う事はなかった. 私は友人に山形県側の小国町から車で飯豊山荘まで送ってもらい、前年の8月登った時は丸森尾根登山口からの登った事があったが登山開始時刻が遅かったせいで暑さとキツイ傾斜で体が熱中症状態になってしまい門内小屋まで行き絶え絶え何とかたどりついたが飯豊連峰を甘く見過ぎたようだ.何とか泊まった山小屋にはたくさんの登山者がおり夜に鼾の大合唱で私の身体も疲れているはずなのに一睡もできず翌朝に起きて北股岳までは何とか登りついたが寝不足気味でこのままの状態で縦走は危険だと判断し、もう一度縦走できる体に鍛え直さないと体力的に無理だと判断し丸森尾根を降りてもう一年後に再チャレンジする事にした。もう一度リベンジするために一年間夜の飲み会も減らし、仕事からマンションに帰るとマンション近くをジョギングし、腕立て伏せ、鉄棒などで細マッチョの体まで絞り込み翌年に飯豊連峰縦走

橋元雄二
2023年4月27日読了時間: 41分


『野芹の味噌汁』
与板町に住む良寛の友人に活眼和尚という人がいた。その活眼和尚がある日、良寛の元を訪れた。良寛は「なにか摘んで来て、昼の汁ものでも作ろうと」小さな籠を持つて火葬場で野芹を摘みめた.野芹を籠一杯に摘んで帰って来た良寛がそれを具にした味噌汁を作り活眼和尚に勧めた。活眼和尚は、その...

橋元雄二
2023年4月21日読了時間: 1分


『好意の埋め合わせ』
岩室村(現岩室温泉当たり)の横曽根に、堀越与兵衛という豪農がいた。彼は良寛を非常に尊敬していたので、良寛が托鉢に訪れると、家の中へ招き入れ、いろいろと接待した。ある年の初冬、与兵衛は友人二人を誘って,酒だるを持つて五合庵を訪ねた。良寛は酒だるを見ると、顔をしかめて、「せつか...

橋元雄二
2023年4月20日読了時間: 1分


『命は大切に』
私が三十歳から四十歳の頃に、続けざまに四人の友人を亡くした。四人のうち一人 は幼馴染で、心臓移植でしか助からないと宣告され奥さんと小さなお子さんを残し て30歳という若さで旅立った。もう一人は進行性の胃癌で見つかった時にはすでに 手遅れであった。...

橋元雄二
2023年4月19日読了時間: 2分


「新潟県の弥彦神社は万葉集にも詠まれている」
新潟県弥彦村(やひこむら)の弥彦神社(やひこじんじゃ)には万葉集には弥彦神社を詠んだ歌があります。弥彦神社には、万葉歌碑が設けられており、現在、弥彦は「やひこ」と読みますが、歌では 伊夜彦 「いやひこ」と呼ばれています。弥彦神社の所在地、弥彦村は新潟県のほぼ中央にあり、佐渡...

橋元雄二
2023年4月10日読了時間: 3分


「感動が決意を新たにする。」
家庭環境が恵まれない中でも将来に希望を持って一生懸命勉強に励んでいる子供達もいます。体に障がいを持って生まれてきたにも関わらず頑張って前向きに生きている人達もいます。世界に目を向ければ、戦争に巻き込まれてつらい経験をしながらも、明るい気持ちで自分の人生を前進させていこうと頑...

橋元雄二
2023年4月10日読了時間: 1分


『お金を拾うのは楽しい』
ある人が「お金を拾うのは楽しいことだ」と言った。それを聞いた良寛、自分のお金を自分で捨て、それをまた自分で拾ってみた。しかし、少しも楽しくない。最初は、「あの男、わしをだましたな」と疑いながらも、同じことを繰り返した。そうしているうちに、本当にお金がなくなってしまった。良寛...

橋元雄二
2023年4月1日読了時間: 1分


『良寛・放浪の旅』
良寛は18歳で突然姿を消し出雲崎町から岡山県・倉敷市の玉島の円通寺の国仙和尚の元で修業していた、9年間ほど圓通寺でずーっと見ていた国仙和尚は良寛を高く評価しており良寛に禅宗で師僧が弟子に与える事を証明する印可を授けて三年後の1791年三月に国仙和尚が亡くなられた。国仙の後を...

橋元雄二
2023年3月24日読了時間: 1分


『自分が楽しいから人も喜ぶのだ』
現代のある陶芸家が、こんなことを述べていました。「展覧会に出す作品だから、いいものを作りたい、高く評価されたい、という下心が出てしまうと、かえって作品がいやらしくなる。むしろ無心となって作ったものの方が、出来栄えがいい」この「無心になる方がいいものが出来る」という法則は、文...

橋元雄二
2023年3月19日読了時間: 1分


『佐渡の民謡「相川音頭」の歴史について』
2024年7月頃に佐渡の金・銀山がユネスコの世界文化遺産になるかも知れない。そこで佐渡ケ島の相川音頭(民謡)について話してみたい。この盆踊唄は寛文年間に始まる古い民謡だとも言われ、昔から佐渡全島で唄われていました。 始めの頃の歌詞は恋物語の心中口説でした。...

橋元雄二
2023年3月18日読了時間: 3分


『木魚のある所で経を読む』
ある日、良寛は、村内のある家から読経を頼まれて出かけて行った。 いつもは仏壇の前に置かれている木魚が、その日は何故か離れたところにあつた。 主人は急いで仏壇に戻そうとしたが、良寛はまったく気にもせずに木魚を叩きなが ら読経を始めていた。主人は仕方なく、その日は、そのままにし...

橋元雄二
2023年3月14日読了時間: 1分


『「当たり前」こそ疑う』
普通の人が当たり前だと思いこみ真剣に考えとしないことを、改めて「なぜか?」と真剣に考えようとしない先入観だと思います。「なるほど、そうか」と新たな発見が得られる事を あるかも知れません。実は私達の当たり前のこととして、深く考えずに見過ごしてしまっている中に、実は、たくさんの...

橋元雄二
2023年3月12日読了時間: 1分


「子ども心はおとな心を豊かにする。」
国民的な詩人として親しまれた北原白秋は、「子ども心を失わずに持つていなければ、動物や自然が見せてくれる面白さ、楽しさは何一つわからない」と言うことを述べています。子ども心の純真、無心、なんでも面白がる好奇心などだと思います。自然の美しい景色に接しても何も感じられなくなり、そ...

橋元雄二
2023年3月9日読了時間: 1分


『老いの身に杖を忘れて』
この話は、良寛がずっと年を取ってからの話である。ある日、良寛は、三島郡竹の森の 星彦左衛門の家を訪ねた。夕食の後、良寛と彦右衛門は一緒に隣の家へ風呂をもらいに 行った。そして風呂から帰ってくると、良寛は上り口にあった杖を取って、すぐに帰っ...

橋元雄二
2023年3月7日読了時間: 1分


「葬式代に三十両」
良寛が60歳過ぎた当たりからは体力も若い頃のような脚力もなくなり、遠くへ出かける時には旅行用荷物入れの携帯行李を持ち歩き、その中に小判で三十両をいつも、忍ばせていたそうである。旅先で客死した時の為に、葬式費用や墓石代費用をを備えていたそうである。その逸話の中で「ある庄屋の主...

橋元雄二
2023年3月5日読了時間: 1分


「上州屋の看板」
今の新潟県の県長岡市に上州屋というお酢や醤油を扱う老舗があった。良寛もよく托鉢に行っていた。ある日、上州屋の主人は一計を案じた。粗悪な看板を店先に貼り、良寛がやつて来るのを待っていた。主人は、例のごとく現れた良寛に、「看板の文字の良し悪しは、売り上げに左右します。どうか良寛...

橋元雄二
2023年3月2日読了時間: 1分


「鉢の子の歌」
僧侶が托鉢の際に持ち歩いた鉢 良寛は、人から書を頼まれても、なかなか書かなかった人であった。しかし、興が乗れば縦横無尽に書き残した。ある時七日市の豪農山田家を訪ね、どうした機嫌か、すぐに筆と墨を借り、女中部屋のすすけた障子に「鉢の子」歌を一首を書いた。そして滴るばかりの墨痕...

橋元雄二
2023年3月1日読了時間: 1分


「散る桜 残る桜も 散る桜」
この歌は良寛の辞世の句とも言われています。今の世の中は色々悩み事が多くあります。仕事、家庭、対人関係、子育て、自分の将来、健康やお金のこと等、幸せな事より悩み事の方が多く重たくのし掛かっている毎日です。しかし、物事にはすべて結果があることは言うまでもありません。無常にも時間...

橋元雄二
2023年2月27日読了時間: 1分


「雨の降る日は哀れなり良寛坊」
良寛の妹、むら子が嫁いだ寺泊の外山家に托鉢に行った時のこと。同家の主人も良寛の書を 欲しがっていたが、まだ果たせずにいた。ちょうど雨が降っていたので、「よそへ托鉢も出来まい、今日こそは念願の書を」と考え、座敷に通して、いろいろともてなした。...

橋元雄二
2023年2月26日読了時間: 1分


『ご馳走されても字は書かぬ』
「人が良寛さん、良寛さんと言うのに、実家(弟の由之)にもないのは惜しいから、何か書いてもらいたい。ついては、家でご馳走するので、貞心尼(良寛の弟子)さんも一緒に来て、良寛に書いてくれるよう勧めてくれ」と頼み、良寛と貞心尼の二人を招待した。ご馳走が終わると、主人の由之)毛氈を...

橋元雄二
2023年2月23日読了時間: 1分
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